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「自分を生きる」と、「素直」と「従順」のチガイ

もや

私が思う「自分を生きる」って、意固地に他からの声を聞かないということでもなくて、もっと柔らかい。

しなやかな素直さは大事に思いたいし、それは自分を抑圧して犠牲にするのとは違う。

「素直」と「従順」は違う。

「従順」だと、自分を抑えて他人軸ばかりにして、という自己犠牲のイメージがある。

それでは結局、支配と服従の関係で、自分も相手も本当のところでは幸せにはなれないだろうって思える。

一対一の関係だけではなくて、一対多で出てくることのある同調圧力でも、そう。

圧力で従わせても、誰もハッピーではなくて同調させられた方はストレスだし、同調させた方だって、それで満たされたと思いこんでも一時的だろう。

いつまでも満たされる際限のない誰かの都合の良いオモチャになんて、誰もならなくたっていい、というか、なったらアカンて思う。

それより、自分が成りたいものに近づいて行こうという試行錯誤が続けられる自分でありたい。

そのための感性も研いでいける状態を、願わくば死ぬまで大事にしたいと、今は思う。

確かに何が「自分らしい」なんて言い切れるものではないかもしれない。

だけど、自分をコロすような感覚で時を浪費してしまうのは、自分にも周囲にも良くない。

「自分に正直に」と言うと勘違いされることもあるかもしれないけど、これは自分勝手で良いということでもない。

「正直」と「ワガママ」も違うから、常に自問自答のセルフチェックは肝要。

気持ち良く過ごすためにも、前に進むためにも、思いやりや配慮、短絡的に捉えず相互尊重は重要。

少しでも理解して欲しいなら、私ガーと声を張り上げる前に、理解してから理解される、ということも忘れないように。

どうしても相互尊重など成り立ちようがない、言葉が通じない相手なら、私は早々に、どのようにフェードアウトするかということに頭を凝らすようになった。

出来る限り後腐れないように、平和に穏便に、スピーディーに、一切の執着心も怒りも横に置いて離れることを優先する。

以前はどうにか足掻こうとも散々していたのだけど、下手すると何年も引きずられてしまったり、足元を実に危うくさせられることもあるのは、身体で教えられてきた。

引きずられてしまうと、知らず知らず心身を侵食される。

進行するほどに、その弊害は計り知れないものとなり兼ねないという怖さも感じてしまう。

弊害がかさむにつれて痛みは積み重なり、自分の中から昇華させるのに年数を要してしまうから、ドツボにならないうちにフェードアウト、そのスピードが極めて早くなったという実感がある。

 

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はくう

優しい性格の愛猫と、本と植物があちこちにある部屋で静かに暮らしております^^

大阪在住の40代・男性・バツイチ独身、本職は1999年より自営業(会社)です。
このブログは仕事は別の、私的な個人ブログです。

結構、キレイ好きですが、潔癖症というほどではありません^^;
「書く文章と、話ししている雰囲気が違う」と言われることがあります。
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