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ニュースを見ていると、怖く感じるのは、私だけ?

もや

芸能人や著名人が、何か事件を起こしてしまうと、徹底的に加害者を責め立てるばかりのマスコミやテレビ出演者の発言を観ていると、怖くも感じるのは私だけだろうか。

それらの言及が新たな事件発生の抑止にも繋がるかもしれないし、事件を起こしてしまったこと自体を、決してかばって良いものではない。

加害者になってしまった本人は、適切な罰を受けなければならないし、責任を取らなければならない。

その後も、罪は一生、背負い続けていくものだろう。

 

そのような中、被害者が、Twitterで加害者をあざ笑うように、お金もらえるwww等々のように言及していたりするのも、いかがなものかと思うが・・・。

さらには、加害者の同僚・仲間、関係者の人たちも炎上を恐れてか、全く擁護もせず(できず?)、ただ断罪して責め立てるばかりの姿を見ると、ザンコクにすら思えてしまう・・・。

しかし、事件を起こしてしまった本人だって、事件を起こしたくて起こしたのとは性質が違い、そこに至るまでのプロセスがあったはずだ。

もちろん、子どもではないのでそれらも自己責任ではあるが、長年の仕事仲間でも、その心情を察するより、断罪を先に立たせるのだな、と思えてしまう。

 

もし、万が一、自分が同じ状況になってしまった時に、決して逃げずに、かつ、ベストな対応が、必ずしも出来ると言いたいのか分からないが、それはその時になってみなければわからないことであろう。

そして、もし、そのような事態に自らがなってしまうことを想像しようとしても、「まさか私が!」と思考停止してしまいやすくなるかもしれない。

まさかは、墓穴を掘る形に限らず、どのような形でやってくるか分からない。その時になるまで。

 

果たして、人はいつでも、どんな状態や状況でも聖人君子でいられるものだろうか?

許されざる事件を起こしてしまったとしても、見えないところででも、誰か一人ぐらい、心を受け止めてあげられる仲間が、きっと、いてくれることを願いたくなる。

ただ、締め付けたり、責め立てたり、制裁を与えるだけでは、根本的な解決や解消(昇華)にならないのではないだろうか。

長年の仲間であっても断罪して責め立てるばかりで、そのような姿勢や言葉が、全く観えてこないのが、怖い・・・。

そんなものなのだろうか・・・。

 

断罪・制裁・罰・仕打ち・見せしめ・矯正・更生・・・。

その奥にある集団心理とは・・・?

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はくう

優しい性格の愛猫と、大阪で静かに暮らしております^^
40代・男性・バツイチ独身、本職は自営業(会社)です。
このブログは仕事は別の、私的な個人ブログです。

結構、キレイ好きですが、潔癖症というほどではありません^^;
「書く文章と、話ししている雰囲気が違う」と言われることがあります。
文章の雰囲気では、堅い?と思われやすい?みたいですね。

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